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介護・福祉事業

介護施設で利用者が転倒・骨折したら?事業者の責任と事故発生後の初動対応

介護施設や高齢者施設では、利用者の転倒・転落事故は、日常の介護サービスの中で特に注意したい事故の一つです。

歩行中やトイレへの移動時、ベッドからの立ち上がり、夜間の移動などをきっかけに転倒し、 大腿骨骨折などの重大なケガにつながることもあります。

こうした事故が発生した際、介護事業者の方からよく聞かれるのが、 「施設内で起きた事故であれば、施設側が責任を負うのか」 という問題です。

しかし、利用者が施設の管理下で転倒・骨折したという事実だけで、 直ちに介護事業者の損害賠償責任が認められるわけではありません。

実際の責任の有無については、 利用者の身体状況、過去の転倒歴、施設が把握していた危険性、 職員による見守りや介助の状況、施設の人的・物的体制などを踏まえて、 個別具体的に判断されます。

この記事では、介護施設で利用者が転倒・骨折した場合の初動対応と、 事業者に求められる安全配慮義務、実際の裁判例などをもとに、 介護事業者が確認しておきたいポイントを整理します。

目次

介護施設で利用者が転倒したら、まず何をするべきか

転倒事故が発生した場合、最も優先すべきなのは利用者の安全確保と状態確認です。

高齢者の場合、外見上は大きな異常がないように見えても、 骨折や頭部外傷などが生じている可能性があります。

利用者の状態に応じて看護職員や管理者等へ報告し、 必要に応じて医療機関への受診や救急要請などを判断します。

そのうえで、後から事実関係を確認できるよう、 事故発生時の状況をできるだけ客観的に記録しておくことが重要です。

  • 事故が発生した日時・場所
  • 事故直前に利用者が何をしていたか
  • 利用者の身体状況・歩行状態
  • 職員の配置や見守り・介助の状況
  • 事故後に行った処置
  • 医療機関への受診・救急搬送の状況
  • 家族や関係機関への連絡状況

厚生労働省の 「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」でも、 指定介護老人福祉施設について、 事故発生時には速やかに市町村や家族等へ連絡し必要な措置を講じること、 事故の状況や事故時に行った処置を記録することなどが整理されています。

参考:
厚生労働省「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」 (事故発生時の対応:冊子50頁/PDF51ページ目)

なお、実際の事故報告の対象や報告方法などは、 サービス種別や自治体によって異なる場合があります。 事業所所在地の自治体が定める取扱いについても確認することが重要です。

施設の「管理下」で起きた事故なら、施設に責任がある?

ここは介護事故を考えるうえで非常に重要なポイントです。

「施設内で起きた事故=施設側の責任」と一律に判断されるわけではありません。

介護サービス事業者には、 介護サービス契約に基づき、または契約に付随する義務として、 利用者の生命・身体・財産の安全に配慮してサービスを行う 安全配慮義務があります。

しかし、安全配慮義務を負っているからといって、 施設内で利用者が負傷したすべてのケースについて 事業者に損害賠償責任が生じるわけではありません。

厚生労働省のガイドラインでも、 利用者が負傷した場合に直ちに事業者が損害賠償責任を負うわけではなく、 安全配慮義務違反が認められるかどうかによって法的責任が判断される と整理されています。

さらに、安全配慮義務の内容は一律ではなく、 個々の事案ごとに、

・結果予見義務
「そのような危険な事故が起きる可能性を予見すべきだったか」

・結果回避義務

「予見できた危険に対して、事故を回避するための対応を取るべきだったか」

という観点などから判断されます。

参考:
厚生労働省「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」 (安全配慮義務・結果予見義務・結果回避義務:冊子51頁/PDF52ページ目)

介護施設の転倒事故で責任判断が難しい理由

介護施設では、利用者の安全確保だけを考えればよいわけではありません。

利用者本人の意思や自立した生活を尊重しながら、 必要な介護サービスを提供することも重要です。

そのため、すべての利用者について職員が常時付き添い、 転倒の可能性を完全に排除することは現実的ではありません。

厚生労働省のガイドラインでも、 介護現場で発生する事故について、 「対策を取り得る事故」と「防ぐことが難しい事故」 があると整理しています。

特に、利用者自身の活動や加齢に伴う身体機能の低下によって発生する事故は、 自宅でも介護施設でも起こり得るものであり、 防ぐことが難しい場合があります。

また、同ガイドラインでは、 介護施設等で発生するすべての転倒や誤嚥などが、 施設側の過失による事故とは限らないことも示されています。

参考:
厚生労働省「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」 (介護現場における事故の特性と対応:冊子9頁/PDF10ページ目)

一方で、 過去に何度も転倒していた、 歩行時のふらつきが確認されていた、 認知機能の低下によって一人で立ち上がる可能性が高かったなど、 具体的な危険を施設側が把握していた場合には、 その危険に応じた対応が求められる可能性があります。

参考判例① 施設側の責任が認められたケース

横浜地方裁判所 平成17年3月22日判決

この事案では、85歳・要介護2の女性が、 デイサービス利用中にトイレへ向かい、 トイレ内を一人で歩行した際に転倒し、 大腿骨を骨折しました。

職員は転倒の危険を感じてトイレ入口までは付き添っていましたが、 利用者本人から「一人で大丈夫」と言われたため、 トイレ内では一人で歩行していました。

裁判所は、施設側には利用者の心身の状態を把握し、 施設利用に伴う転倒等を防止する安全配慮義務があるとしたうえで、 この事案では転倒の危険性を十分に予測できたと判断しました。

そして、利用者が介助を拒絶したからといって直ちに一人で歩かせるのではなく、 介護の専門知識を有する者として、 介助を受けない場合の危険性と介助の必要性を説明し、 介助を受けるよう説得すべき事情があったとして、 施設側の安全配慮義務違反を認めています。

この裁判例からは、 「利用者本人が介助を断った」という事情だけで、 当然に施設側の責任が否定されるわけではない ことが分かります。

特に、過去の転倒歴や身体状況などから 施設側が具体的な転倒リスクを把握している場合には、 どのような説明や介助を行ったのかが重要になります。

判例の参考資料:
独立行政法人福祉医療機構 WAM NET 「第4回:デイサービス利用者の転倒・骨折 ~骨折事故と賠償責任①~」
横浜地裁平成17年3月22日判決〔判例時報1895号91頁〕

参考判例② 施設側の責任が否定されたケース

東京地方裁判所 平成24年5月30日判決

一方で、施設側の責任が否定された裁判例もあります。

この事案では、84歳の利用者が短期入所生活介護(ショートステイ)を利用中、 夜間に居室内で転倒し、脳挫傷を負いました。

施設側は利用者に夜間徘徊や転倒の危険があることを認識していました。

そのため、 離床センサーを設置して離床時に対応する体制を整え、 夜間の定期巡回を行い、 センサーが反応するたびに職員が居室へ向かうなどの対応を行っていました。

また、事故発生前には、 利用者の歩行状態などから転倒リスクが高まっていることについて、 介護支援専門員へ退所等の相談も行っていました。

裁判所は、 施設の人的・物的体制や他の利用者への対応なども含めて現実的に判断し、 施設側は転倒の可能性を踏まえて必要な措置を取っていたとして、 安全配慮義務違反を認めませんでした。

この裁判例からは、 転倒リスクを把握していたというだけで、 事故が発生すれば必ず施設側の責任になるわけではない ことが分かります。

具体的なリスクを把握したうえで、 施設の実情に応じてどのような対策を講じていたのかが重要になります。

判例の参考資料:
独立行政法人福祉医療機構 WAM NET 「第15回:転倒事故と賠償責任」
東京地裁平成24年5月30日判決〔判例集未登載・TKC文献番号25494121〕

2つの判例から分かること

この2つの判例を比較すると、 同じ「介護施設内での転倒事故」であっても、 責任の判断が異なることが分かります。

重要なのは、 事故が起きた場所が施設内かどうかだけではなく、 事故発生前に施設側がどの程度の危険を把握し、 それに対してどのような対応を取っていたのか という点です。

例えば、

  • 以前にも転倒したことがなかったか
  • 歩行能力や身体状態に変化がなかったか
  • 認知機能や行動に変化がなかったか
  • 服薬等によるふらつきがなかったか
  • 家族から転倒について相談がなかったか
  • ケアプラン等でどのような対応を予定していたか
  • 職員間で転倒リスクが共有されていたか
  • 見守りや介助、センサー等の対策を実施していたか

といった事情が重要になります。

事故後だけでなく「事故前の記録」が重要

介護事故では、事故が発生した瞬間だけでなく、 事故が起きる以前に事業者が何を把握し、 どのような対応を行っていたのかが重要になります。

事故が発生してから 「以前から危ないと思っていた」 「職員間では共有していた」 と説明しても、 記録がなければ当時の状況を客観的に確認することが難しくなります。

利用者ごとのアセスメント、 ケア記録、 ヒヤリハット、 過去の事故歴、 職員間の申し送りなどを適切に記録し、 利用者の状態が変化した場合には リスク評価を見直していくことが重要です。

厚生労働省のガイドラインでも、 利用者ごとの事故発生リスクを適切に評価するため、 サービス利用開始時の情報収集と、 その後の状態変化に応じた継続的な見直しの重要性が示されています。

家族への説明では責任関係を早期に断定しない

利用者が骨折するなど重大な事故が発生した場合、 家族への速やかな連絡と説明も重要になります。

ただし、事故発生直後の段階では、 事故原因や法的責任が明確になっていないことも少なくありません。

その段階で、 「すべて施設の責任です」 あるいは 「施設には一切責任がありません」 などと責任関係を断定することは避け、 まずは確認できている事実と、 現在行っている対応を整理して説明することが重要です。

その後、 事故記録や関係職員への確認、 利用者のこれまでの状態、 過去の転倒歴、 施設で行っていた対策などを踏まえて、 事故原因を整理していくことになります。

賠償責任が問題となる場合は加入している保険契約も確認する

利用者の転倒・骨折事故について、 事業者側に法律上の損害賠償責任が発生する可能性がある場合には、 加入している賠償責任保険等について確認することも必要になります。

ただし、 利用者が転倒・骨折したという事実だけで、 保険金の支払対象になるとは限りません。

実際の取扱いは、 法律上の損害賠償責任の有無、 事故原因、 加入している保険契約の補償内容、 免責事項その他の契約条件などによって異なります。

すでに事故が発生している場合には、 自己判断で示談や賠償の約束を進める前に、 まず現在契約している保険会社・保険代理店等へ事故内容を連絡し、 対応を確認することが重要です。

また、個別の法的責任について判断が必要な場合には、 弁護士等の専門家への相談が必要になることがあります。

介護施設の転倒事故で重要なのは「事故前・事故時・事故後」

介護施設での転倒事故は、 「転倒したから施設責任」 あるいは 「高齢者だから仕方がない」 という単純な二択で判断できるものではありません。

重要なのは、

事故前:利用者ごとのリスクを把握し、必要な対策を検討する
事故時:利用者の安全確保と適切な初動対応を行う
事故後:事実関係を記録し、原因分析と再発防止につなげる

という一連のリスク管理です。

介護施設に求められる安全配慮義務の内容も、 利用者の身体状況、過去の事故歴、 施設の人的・物的体制などによって異なります。

日頃から利用者ごとのリスク評価を行い、 その内容を職員間で共有し、 必要に応じて見直していくことが重要です。


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参考資料

厚生労働省
「介護現場におけるリスクマネジメントについて」

厚生労働省
「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」 (令和7年11月)

独立行政法人福祉医療機構 WAM NET
「第4回:デイサービス利用者の転倒・骨折 ~骨折事故と賠償責任①~」
横浜地裁平成17年3月22日判決〔判例時報1895号91頁〕

独立行政法人福祉医療機構 WAM NET
「第15回:転倒事故と賠償責任」
東京地裁平成24年5月30日判決〔判例集未登載・TKC文献番号25494121〕


【本記事について】
本記事は、介護・福祉事業者の事故防止やリスク管理に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、 個別の事案について法律上の責任の有無を判断するものではありません。 また、特定の保険会社・保険商品への加入を推奨・勧誘することを目的としたものではありません。 裁判例についても、個々の事案の具体的事情によって判断が異なります。 実際の法的責任については弁護士等の専門家へ、 保険契約の補償内容についてはご契約の保険会社・保険代理店等へご確認ください。

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